キャットファイターに逢った。。

2019年の11月某日

翌日にはタイへ飛ぶと言うのに、準備も半分くらいで山手線を時計と見立てたら6時半くらいの所に位置する駅近くでツレと飲んでいた。

19時から3軒立ち飲み屋をはしごして、いい感じになって有楽町で閉店して以来ご無沙汰していた名代の焼きそばを〆で食べて帰ろうと思って駅に向かう道ながら

ツレのIが熟女かおっぱいパブ、どっちか行きたいと言い出す。

良い感じの酔っぱらいのおっさん三人に異論はなく

雨宿り代わりに紹介所へ入って

すぐ入れそうな店ない?って聞いてみる。

イチャキャバなら一軒すぐ行けますと言うので案内してもらう。

イチャキャバとはキャバクラとセクキャバ(おっぱいパブ)の間らしい。現代用語の基礎知識

案内された店はちょいパーテション高めのキャバクラ風な店。

店名 もちろん覚えていない・・

確か1セット5~6000円/1時間だったと思う。

軽く案内あって最初の子が隣に着く。

(案内をしっかり聞いてもぼったくられる時はぼったくられる)

1セット1万前後の出費だなと計算して1,2杯は飲ませても大丈夫だろうと思っていたが

紹介所の兄ちゃんが言ってた通りLDが高い。

アルコールちょいと入ったLDが3000円から。。。

濃縮還元果汁水が一杯1800円から・・・

55でテキーラコーラされるのなんて幼稚園のママゴトレベルだ。。

(初見で断りもなくテキーラコーラされると気分を害す人。繁盛店で見た目イイ子呼ぶと9割8分気分を害す人)

紹介所の兄ちゃんは嫌だったらLD無くて大丈夫ですなどと言うが、

断れるほど鋼鉄の心は持ち合わせていない。。

もとい

日本でもタイでもこういうお店で最初の5分の会話はほぼ一緒だ。。

タイでは外国人ネタが多いが

日本でも外国人ネタだ。。

日本を出て30年、日本に居る人から見たらもう外国人みたいなものだ。

タイではタイ語を強要され日本では英語を喋れと強要される。

それは置いといて

両足を俺の太ももの上に乗せ抱っこチャンスタイルでの接客、オッパブではないのでキッツいボディータッチは禁止らしい。。

キャバに普通に居そうな子がキャバより少しイチャツイテくれると言う事だが、パーテションが高い割りに全然イチャイチャして来ない。。

二人目の女の子が来るタイミングが予想できずに

最初の子、場内指名せずにいたら

二人目にチェンジ

シマッタ、最初の子にしとけばよかった。。。

時は遅し

7,8歳年がUPしたが10,15cm身長がDOWNした尾根遺産がお隣さんに

一緒に来た二人のツレは最初に着いた子を指名して適度にLD飲ませてる感じ。。

外国人の俺は遊びなれてないんで期待値不明なのに二人目突入して玉砕モード。

海外へ出たことが無いと言う二人目の尾根遺産と海外話を少々

お約束の営業のLINE交換して

まだ時間が有るので3人目投入に備えるが

もうLD要らないので場内指名してくれと尾根遺産から提案

自分のこころは翌日の今頃は。。。。と心はバンコクに飛んでいたの

提案を快諾してビミョーなイチャキャバとビミョーな尾根遺産との会話を楽しむことにする。

話によるとなんと格闘技を昔やっていて、今はキャットファイトに参戦中とのこと。。

プロレスヲタの俺なんで

え? CPE?

と聞くと 

ギクッとして ガードポジション。。

もしかして知ってる?

見に行ったことないけど老舗はCPEだと言うのは何となく知っている。

そうなんだ、ジャー次の大会見に来てと。。

格闘技選手あるあるでギャラはチケットで貰って自分で手売りしてなんぼの世界なんで、

ご免 俺日本に住んでないので見に行けないやー

と伝家の宝刀でばっさり。。

そこから海外の話となり

一回も海外に行ったことないと言う話なんかしてたら

お時間です。。。  となり

それじゃーねーと

1セットだけで店を出る。

この中にその尾根遺産居ますので探してみて。。。

和田京平ではない。。。w

バンコクへ飛んだ後も営業のラインが来るのでバンコクやパタヤの写真を返送してたら

一緒に外国に行こうと言う話になりソウル行きたいと言うので日程詰めていこうとなって

良い感じかと思いきや

部屋は別々でお願いしますと言われたので

解りましたと言ってそれ以来話していない。。 (笑)

バンコクやパタヤでキャットファイト繰り広げて忙しかったのでそれでよし・・

のちに、ウイキ見たらこの子のページが有って驚いた。

店にはキャットファイターだと言ってないので内緒にと言われたのでここでは名前は伏せておきますが、RENAや杉山しずかや渡辺華菜やぱんちゃん璃奈などかわい子多いの昨今の格闘技界では練習生レベル(容姿が)なのでみなさまに紹介するレベルには達していないとだけお伝えいたします。

東京のイチャキャバでキャットファイターに逢ったはなし でした。

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9月6日 横浜文化体育館閉館。 32年前に文体に居た俺に逢いに行ってみる。。

9月6日にプロレスの聖地のひとつ横浜文化体育館が閉館する。力道山vsブラッシー戦も開催された歴史ある会場が51年の歴史に幕を引くことになった。

昭和三十七年の開館以来プロレスの会場としては手ごろな大きさで幾多のビッグマッチが開催されてきた由緒正しき場所。関内駅から徒歩5分。ハマスタにも近く中華街もすぐそこと言う絶好のロケーション。

ちょっと前に30年前の俺に逢いに行ったんだけど、

今回、文体閉館と言う事で32年前の俺に逢いに行ってみる。

1988年10月28日超満員の文体のメインは

ジャンボ鶴田vs天龍源一郎

前年から始まった鶴龍対決の第三戦目。リングアウト・反則とすっきりとは言えない勝ち方だがここまで天龍の2戦2勝。鶴田の巻き返しなるか?と言う戦い。。

上の動画の中で32年前の俺が確認できる。今よりは10キロほど痩せている。。おっさん顔だから今とあまり変わらない顔してる。 (笑)

この頃の時代背景は前年1987年に長州が全日を辞めて、ジャパンからの追放を経て新日へ復帰。同年プロレス道にもとる(笑)前田の長州蹴撃事件が起きて新日無期限出場停止(会社はメキシコに出そうとしてた)となり、新生UWFが翌年1988年に生まれ、旧態已然のプロレスへの挑戦を表明、新しいプロレスの予感を十分感じさせる新生Uに人々は密航とターザンが名付けるほど熱狂していた。長州は1988年7月にアントニオ猪木から念願のフォール勝ちを奪い、名実ともに新日のトップへと登り詰めた。

全日は1987年に天龍が鶴田との鶴龍コンビを解消して阿修羅・原と天龍同盟を結成。鶴田は長州と袂を分かった谷津と五輪コンビを組む。谷津に押し出された形の三沢タイガーは後に馬場に全然決起していないと酷評された決起軍を結成して天龍同盟の防波堤にならんとしていた。

そんな状況で天龍のレボリューションが眠れる獅子鶴田を覚醒させナンバー2鶴田をナンバースリー天龍が越えて全日トップへと駆け上がるかと言うストーリーが展開されていた。

この日の文体の鶴龍第三戦目では一矢報いたジャンボだが、そろそろギブアップかスリーカウントで勝敗付けないと客が焦れだす限界点に来ている感じ。そこは策士の馬場、ハンセン、ブロディーを絡めてインターとUNとPWFをめぐる戦いを昇華させて三冠と言う新たな権威を創造していく。

翌年の1989年鶴田がハンセンを破り初代三冠王者となり、鶴龍の戦いは30年前の俺に会える場所。。。で紹介したドームの大会直後に天龍がSWSへ移籍するまで続くことになる。

土曜日19時の全日本プロレス中継もこの年1988年3月をもって終了しておりこの日の文体での試合は日曜日22時30分からの録画中継だったと思う。

前年の1987年に新日は生放送を終了してギブアップまで待てないをスタートさせて馳代議士と山田邦子の因縁を巻き起こして迷走中。

佐山タイガーマスク旋風からの熱量もかなり落ち、プロレスがゴールデンタイムから消えて一般大衆娯楽から一部熱狂者娯楽へと変わっていくまさに転換期だった。その現場に末端構成員、いや準構成員くらいか。。として関わっていたんだなと感慨深い。

時はちょうどバブル真っ盛り。大きなイベントがバンバンあって支給のタッ券(タクシー券)使ってタクシーで帰宅しても何も言われなかった時代。若い自分は忍び寄るプロレスの斜陽を感じる事もなくただただ息を吸って吐いて生きていたんだな。。

鶴龍戦の話が長くなったが、この1988年10月28日の文体は忘れられない。

この日、高校時代からのプロレスファンのIが俺があげた招待券で観戦に来る予定だったのだが、部屋に空き巣に入られて文体来れなかった。

杉並から横浜までの電車賃もなかったらしい。。

どんな思い出だよ。。。あははは

俺の頭の中から消え去っていた記憶がウイキやヨウツベで補完される良い時代。ディテールをまた忘れてしまわない様にここに書いておこうと思った次第。。

若かりし日の自分に逢いに行くシリーズ第二段でした。まだ続くかも。。。